昭和40年12月26日 特別奉修委員



 一番こっけいなことは、自分が出来もせずにそれを人に、ああせねばいけんとかこうせにゃいかんとか言って要求するほど、おかしなことはありません。はあそうですなと。例えばなら聞いとっても、心の中じゃわが出来ばっするごとと、でも自分が出来なければ駄目です。自分がなさなければ、自分がやり抜いて、やり抜いてみて、そしてそれを、結果が良いならば、その結果を皆さんに伝える。
 また皆さんに、要求するというわけじゃないけれども、まあ、それを聞いてもらうごつなったら、実感を持って相手に伝わっていくです。もう家の母が口ばっかり、ね。そしてから信心せろ、信心せろち言うちからち言うてから、例えば息子なら息子に言うた時ですたい。ね。これは信心だけのことじゃありません。一事が万事勉強しろ勉強しろち、子供にばっかり言うてから、親はいっちょん勉強しよらん。ね。
 精進せろ精進せろち修行せろ、修行せろと言うて、いわば先生が信者に言いながら、先生がいっちょん修行しよらん。ね。もうこんな滑稽な事は無いです。聞いておってから。御造営が始まってこの方こうして、特別奉修委員の方達が、御祈念の後に御祈念をなさいます。いわゆる特別奉修とのものが、美登里会または婦人会の方たちがです。ご祈念をするだけが奉修じゃない。修行し奉るということ。
 その例えば御造営に対するところの修行がです、ただ御祈念をしておることを修業とでも思うたら、私は大間違いだと思うですね。今日は総代さん方が集まって、親教会に私の学院入学のことについての、まお伺いに参るわけです。昨日教務所長、理事長、(日吉?)先生お出でられてからお話がです。もう丁度去年の昨日ここの総代全部と、竹内先生、秋永先生、久保山先生やらを交えて。
 私の学院問題のことで行かれたのが丁度一年ぶりだったそうですね。昨日だったそうですそれを所長が言われるんです。丁度去年の今日でしたよと。皆さんが見えてから色々お話になったのはというてはあ、今日は一年祭ですねと言うてから、まあそのお神酒が弾んだんですけれども。けれどもあの時分の椛目とですね。現在一年後の椛目というものは、変わってもいるででしょうけれども周囲も大変変わっておるという事です。
 もう第一私は、この御造営が始められたという事が、そのう見方が皆変わられたという事です。例えば周囲の関係の教会とか先生方でも、昨日一昨日福岡で教務機関何とかの会があって、所長以下あちらへ見えておられるわけです。福岡へ。それでもう会合の時には必ず、椛目の話が出らん筈がないと。もう非常にそのいわば、椛目がクローズアップされておる。大坪、大坪先生の信心内容というものがです。ね。
 非常にそのクローズアップされておると。しかもどうでも教会になって頂いて、御道の御用に立って頂きたいと。どうでも正式に、教師の資格を取って、本当の意味での教団のために、活躍して頂きたいと。そういうまたそうさせなければいけんというのが、全部の話ですもんね。ですからあの良い意味合いにおいての、学院行きを、皆が願っておられるということです。
 例えば一年間椛目をやったら、椛目が困るじゃろと言った様なのはそら無きにしも非ず。それは一例あるかもしれませんけれどもです。もう殆どの椛目を知っておる方達の場合は、どうでも正式な教会にしなければ勿体無いと言う事。ようにそのクローズアップされて来たと言う事がです。一年の間に皆の考えがもう第一教務所自体がです、椛目に対する所の思いというものが、願いに変わって来ておるという事。ね、
 どうぞ、ここんところを、いおうとされて、どうぞ、おかげを頂かれますようにという、お話でございました。例えば今日善導寺におい出られて、まあ一向はお伺い。親先生は、例えば、ね、せめて御造営が成就になりましてから、来年なら来年来年じゃないですね。来春の五月から、入学するわけですから再来年になる。御造営でもそすと終わらせて頂いてから、と言った様な訳には参りませんでしょうかと。
 先月大会を開きまして、皆の世論を聞きますと、ね。
 総代幹部の思いと、皆の思いというものが、足並みが揃わなければやはりいけんのでございますが、殆どの者が、親先生を御本部にやるという事は出来んと。出来んならば検定ででもどうでもというなら、検定と言う所に線を絞っておりますと。どんなもんでしょうかと言うて、お伺いに行くだけなんです。今日は総代さん方は。そりばってんこう言う様なわけだから、やはり一年間やる腹にならにゃいけんよと言うたら。
 ああそうですかと言うて帰って来てもらわなければならない、今日はお使いをなさるわけなんです、ね。ですから皆さん方もやっぱり、一年間私がここを留守すると言う事をです。覚悟して頂かなければならないという事です。それがどうでしょうか、ね。例えばこうやって奉修の一週間に一遍の特別の御祈念をしておりますというだけが、奉修とでも思うたら、私はこれでは心もとないという気が致します。
 どうぞ、お出で下さいと。私共が居りますからと。いわばその胸を叩いてから、皆さんが私を送り出させて下さらなければ、私も安心して行けない。昨日は今年、所長先生が、その事についてから、先生ももう忌憚の無い、腹蔵の無いその気持ちを聞かせてくれと、ね。実を言うたら、所長先生私はねもう本当言うたら、どうでも良いんです。これはもう、私の持論なのです。教務所に参りましてからでもです。
 私は去年も一年前に申し上げたことも同じ事なんです。私はどうでも良いんだけれども、親先生が大奥様がどうでも、教務資格を取らんとならん、ためには一年行かんとならんと仰るから、そんなら行こうという気になっているのであって、同時に金光様の三代金光様のお言葉がです。ね、道の教師としてのおかげを受けられたが宜しゅう御座いましょうという、あのお言葉があるからです、ね。
 教師の資格を頂く方法は、どういう方法で頂くかも知れんけれど、これは頂かなければ、教主様の先教主様のお心にも添うことになるという。けども実は私自身としては、もう本当にどうでも良いのです。ね、その結果のことを、先生はどう思われますか。もう結果のことだけも、言うたら、どうでも良いとこう思いますと。そしたら久保山先生が、ね。椛目の信者はです。
 先生を例え一年間あちらへ、お送り致しましても、それこそ今の信心がいよいよ燃え立つことは間違いない。それこそ微動だに致しません。その事の確信は持っておりますと言うてから、久保山先生が言われました。果たしてそうだろうか。ね、そらあ先生が家に居られんぐらいの事では、椛目は絶対貧乏揺るぎも致しませんと。言うなら公言をしておられるがです果たしてそうだろうか。それで私は横から付け加えました。ね。
 それはね、確かに今椛目で中心になっておるという人たちは、今久保山先生が申しました様な事で御座いましょうけれども、ただ枯れ木も山の賑わい的な意味合いにおいてから、椛目に椛目椛目と言うてお参りをして居る人達はです。恐らく私が居らんなら来んかも知れませんて。それは一番はっきりしておる事はです。私が例えば塗板に掲示してない。今日は親先生が居られないと言う事など掲示して無いけれどもです。ね、
 私がいないとです。確かにお参りが少ない事だけは、間違いないです。私が、居らんということが分かったら、なおさら、「もう、先生が居られんなら、おるときにお参りする」というような人達が、やはり椛目の沢山の信者の中の大部分がそれなんだと。ですからおそらくこれがですね、言うならば信心を止めるような人があるかもしれません。ね、けれども只今申しますように。
 そこんところの、実を言うたら、帰ってきたら、四国の○○教会にというのがあって、丁度椛目のようなことになっておる。それを行徳先生が話していただいたお話ですけれども、その方が丁度やはり、所長先生と行徳先生あたりと一緒の、同期だったそうですね。やっぱり、千人からの信者があったそうです。そらあもう毎月、毎月もう沢山のお参りが、やっぱり御本部まで押しかけていくそうです。
 始めそうだったけれども、いよいよ一年終えられて帰られた時にはです。あの頃は一年じゃなかったかも知れんませんね、半年だったかも知れません。時にはもう誰ぁれも居なくなっておったちいう事です信者は。そしてその先生すらがです。どこへ行かれたか分からなくなられた。行方不明不明になられてその後の子供さんが、教会をしておられるけれども、勿論おは打ち枯らした用な教会である事は勿論だろうとこう思います。ね、
 例えば椛目の信心は、そういうこともある意味で危惧の念を持っているわけなんですよ。ね。けれども、今も申しますように、なら、例えばよしそういう事であっても、私は、どうでも良いのでありますとこういうのである。けれども、今日一日の、このタイミングということを、日吉次長が言うておられました。ね、先ほどここの委員長から、御造営のことについて色々お話を頂いたが、何と言う素晴らしい、
 神様のお働きだろうかと。これは御本部の御造営の、以上の奇跡だと言うておられます。そら委員長が少し、オーバーな話し方をしたからじゃなかろうかとも思います。そういわれました。御本部の御造営以上の奇跡だと。そういうおかげを受けているのであると。ね、同時に私が申しました。この御造営のこと等でもです。私が思い立ったわけでもなからなければ、信者が思い立った訳でもない。
 もうほんとに、神様が思い立っておられる。神様が先頭に立っておられるなあという感じ。それが私共の実感なんです。その中心になるところの、私自身がです。だからそんな神様の御造営のです。神様が先にたって働いて下さっておるその働きのです、お邪魔にならないようにという事だけで、いっぱいなんです。私はもう、その事だけに、焦点を置いて信心をさせて頂いておりますと、私が、申しましたら、非常に。
 そのところを普通なら、どうか御造営成就のことを祈り願うという事ですけれども、私はそうじゃないと。それはなぜかと。神様の働きであり神様のおかげを受けて居るのだからです。そのお邪魔にならんようにという事だけに、私は焦点を置いておる。そして昨日の事でしたかね、人ながらと神ながらの事について私はお話しました。そういう神ながらな働きの中にです。
 信者一同の人ながらの信心というものが、ここに渾然として一つになってです。あいよかけよの働きというものを、椛目で現しておるという事を、私はお話したんです。だからこれがこのままおかげを頂いとく。いや、このままじゃない、このまま以上のです。働きになってくる。先生が居られないならば。久保山先生が仰ったように、椛目の信者はそげな事で貧乏揺るぎもする事じゃありませんと。
 微動だも致しませんとこう、公言をされたようなです、信心内容が果たしてお互いの現在の信心の中にあるだろうか。いや、そん時なら、そん時でやりますがとというだけでは、心もとないじゃ無いかという事です。昨日の、椛目の全財産は、七十八円です。はあ、これが椛目の全財産なんだ。勿論今日お初穂箱にどれだけ入ってるか、それは分からんけれどと言うてから、話したことでした。ね、
 井上組からいわば、請求がありました。それに、向こうから、どうでもやはり足りないと。というので、それでほんならそれに百万だけかててやりなさいと、向こうの請求に。というて、銀行に参りましたら、もうきっちりそれだけだったと。いわゆる、七十八円というお金が余っただけ。昨日高芝さんが、銀行へ行っとられるから、一番ご承知でしょう。それが昨日の、一時の椛目の財産なんです。ね、
 この事だけでも是は大変でしょうが、皆さんただ御祈念をして拝みだすだけじゃいかんと言う事です。ね。本気で尻ひっからげなければ。本気におかげを受けなければ。昨日一昨日でした。森部の高山さん達が夫婦でお礼に出て見えまして、奥さんのお届けなんです。今朝方からから、お夢を頂きました。ああ色々お夢を頂いておられる。私にこういう信心を神様が求めたもうので御座いましょうと言うて話されました。
 どうも場所は東京のプラットホームらしい、の様な感じだとこういわれる。そこに降り立って居るのが私と熊谷さんと、久保山の奥さん、むつ屋の田代さん四人で御座います。それが四人とも孫のために、東京行きをしておるという感じだそうです。見るとそん、熊谷さんがです、そら見事な帯をです、きちっとこう締め上げておられるのが、それは印象的であったと。
 久保山の奥さんは、お孫さんを後ろに二人おんぶしておられる。前に一人負うておられる一人抱えておられる。ああ後ろに二人、前に一人もうそらああた、それが一生懸命でその負うておられる。そしてからあらほらああた、お孫さんな後ろ前孫さんので、あら、こげなこっじゃめっからで、もう全然消えてなくて、おりなさらじゃないですかち、両方の孫達にですね。
 こう両方から、こう消えてなくなっておられるというお知らせなんです。田代さんはと見るとその昔の丸髷というか、日本髪こう三つこう山があるとですたい。あれはなんでしたかね。あのその髪を結うておられる。それで前のほうにこう丸くしとるでしょう。あれをですね、まるきり絶壁のようにですね、こうその前のこのふくらかしが、膨れておらずに、絶壁のように突き立っておる所だったという。
 こう髪が私は最近、田代さんの信心の中に、そういうようなものを感じます。もう以前の田代さんじゃないです。そらその代わりまた、おかげも受けておられます。ね、例えば、こうやって、んなら美登里会員でありながら、美登里会にも出席が出来られない。奉修委員がこうやって総代さん、美登里会の方達が会っておるけれどもです。それにもまあ、(あまえのほしのように?)しか出席が出来ない。
 お参りも、二日に一遍か、三日に一遍になるようなこともある。けども、御造営ということについての、その突き立った心というものはです。もう誰にもやはり劣らない働きと御用とが、実際に出来ておるということ。なるほどそうだとこう思いますね。突き立っておる。久保山の奥さんがです。もう、本当に、今現在その事だけでもです、ね。二人のお孫さん。まあ陽子さんが田主丸のほうに行っとりますが。
 こまかつをあちらへ連れて行っとりますけれども、ね。もう分からんとばかりを、もう、そのそれに、兎に角ね、以前の久保山の奥さんだったら出来はしない。けれども、信心で最近おかげを頂いておられるところにです。もう、本当に自分というものをもう、空しゅう仕切って子供のために、孫どん達のために、自分というものを空しゅうして、信心というものを進められておられる。
 敬親会員でもあり、婦人総代でもある、熊谷さんがです、十五年間椛目に、吉井からお参りし続けられた。こらあ、信心の上でしっかりしとらなければ、一つの根性がなからなければ、出来るこっじゃない。そういうようなものを、私に求めたもうのであろうとこう、高山さんは言うておられます。ね。
 田代さんのごたる御用が、素人にあげんとが出来るじゃろうかと、お前んとこの、いわば、家庭の複雑な問題を、自分の後ろ前にひっからってでも、自分を空しゅうする、というようなおかげを、今こそ高山の家には、頂かなければならん時であろうが。まちっと、どうかしっかり本気で、信心の帯をせんかと、こう私に言うておられると、私は思うと言うておられます。
 それをやはり、受けて立つとか、応えるという信心が要求されておるのじゃないでしょうか。次に、美登里会の方達と、私を含めて美登里会いや、私というのは、高山さんの奥さん。どうも、八女のお茶のある茶畑、茶山というですか、茶山の感じですと。ね、そこへみんなで、お茶摘みに行っておる。ところがそん、お茶摘みに行っておるけれども、そのお茶がです。どうもあの、花立花という感じだとこういうんです。
 お茶じゃないということですねえ。しかもこの御用がです、天地に繋がるという、天地に繋がると言うてその、神様がこんなに高い、天地につながる道と言った様なものをこう、示して下さる。そして是は中々登りにくいけれどもです。これを横から見てみと言うてその、横に、縦の道を横にしてこうして下さったら、足すという字になった。はあ、横のほうのこの道ならば、横のほうのこの道ならば通れるな。
 しかもこの道ならばです、この道ならば通れる。
 しかもこの道が、天地につながる通う道であるならばこれを登らにゃなるまいと言うとるところで目が覚めた。は、違う、もう一つ。その美登里会の全部の人達がです。もう、それっこそまあ、これは私の言ですけれども、あちらが言われるのは、こげな良か着物やら、こげな良か帯やらが、どっから買うて来なさったやろかと。言うならば、あの歌舞伎座にお芝居でも見に行くような感じだと。
 美登里会の方達が。ただもんぺ姿で絣の上下もんぺではまっとるのは私一人。いわば、高山さん一人だと。他の方達はもう皆んなもう、そこに鏡があったり障子があったり、その障子の向こう、やつしよりなさる、着よりなさる。その着物がもう、見事な着物を着てから、はらー、美登里会の方たちは、こげなこっでお茶摘みが出来るじゃろかというところで目が覚めたというのです。
 どうでしょうか。胸にブスブス来るようなことはないでしょうか。美登里会のものが何をなしよるか。総代会が何をなしよるか。ただ、一週間に一遍こうやって御祈念をしよる。ということが、特別の修行でなさせて頂きよるというような事であってはどうなる。ね、縦につながる、天地につながるという道というのは、神様、私、そして皆さんと言うようなことであろう。横の道というのは、ね。
 皆さんが横へ、信者同士が手を繋いでいこうということであろう。その事を、私、只今の御祈念中に思わせて頂きましたから、神様にその事を、思わせて頂きましたら、御神願に頂くのがです。大根をこうやって抜きよるところを頂きました。そしたら私が、このくらいのところで、引き終わるとね、プツット切れたところじゃった。しかもその大根が、このくらいばっかりの大根に。
 葉だけはこげん大きか大根じゃなかろかというごと、パーッとこう茂ったとこだったのです。いわゆる葉ばかりながら、しっぽけなしという大根だと私は思うのです。これは私を含めてです。椛目の信心は、ね、昨日次長所長が見えられましてから、あの御造営のところをご覧になって素晴らしいと、あれはいわば葉のところだけを見られたような感じがするんです。実際その内容があるか。
 その内容といやあ、例えていうならば、七十八円が椛目の、全財産だと言う様な状態じゃないかと。ね、内容がない。椛目がいよいよ、クローズアップされる。いや、されておると。けれども、表面だけのクローズアップであって、内容がクローズアップ、されたら、それこそ、ああこのくらいのことか、という事になってしまうのじゃないかと、私は思うのです、ね。
 皆さん本気でね、肝を決めなきゃ駄目です。ね。本気でもんぺ履きではまる時は、今より、はまる時は無いです。私が一年例えば御本部での、修行を余儀なくされることで御座いましょう。ね、けれども、その間です。神様が思い立っておられるところの御造営だから、ね。神様が何とかして下さるに違いはないというような、安易な腰掛けた感じ。人の顔色ばっかり見とる。と言う様な事じゃなくて、銘々が本気でです、ね。
 神様のそうした、神ながらな働きと同時にあいまって、本気で皆さん椛目の中心だけでも、はまらして頂ける所の信心。いわゆる人間の力の限り、いわゆる人ながらの働きと、神ながらのそうした神様の働きとが、一つになって、渾然とした働きが、または信心がです。出来て、それが一つの御成就ということになり、私も、教員の資格を頂いて帰り。目の御造営のほうも、成就になり、皆さんの信心もこの御造営によって、皆さんの信心も造営が出来たというところの、おかげを頂いたときです。
 初めて、おかげという事じゃなかろうかと。久保山先生が仰る。いいえ、先生が居られえなくても椛目のものはです、ね、それこそ貧乏揺るぎも致しませんと。微動だも致しませんと。ね。と、私は銘々がです。言えれるだけの信心を、高めて頂きたい。葉ばかりながら、しっぽけなしという信心からです、ね、葉も生き生きとしとかなければいけません。けども根はもっと見事であるというようなです。おかげを頂きたいもんだと、言うふうに、これはもう私を含めてなのですね。
 私を含めて、なるほど、私の見かけばっかりと。なら、先生から、中身のある先生に、見かけばっかりの皆さんの信心から、内容の伴のうた信心というものがです。身についてくることを、願いとしなければならないと。どうぞ。特別奉修委員に特別の、御祈念をするというだけに留まらず、特別のそのための修行その事がです。私は、もんぺ履きにはまらせて頂こうじゃないかとこう思うのですね。
   どうぞ、おかげを頂きますように。